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無農薬ブログ-米作暴政のゆくえPESTICIDE-free blog



 米は、小麦による需要代替( 食の洋食化 )、そして、
 野菜は、急激な円高による輸入激増( 食の外部化・国際競争力の強化 )、
を口実に生じた需給緩和を方便に、
農地総面積が増えない中、農地規模拡大による生産コスト低減策が行政により推し進められ、
その結果、営農規模における混在・農家間競争が生じています。


 営農規模の混在が起きると、農家全員の足並みが揃わなくなります。数多くの農家の意見を無理に一つに揃えるのが良い、とは思いませんが、例えば、生産者価格設定次第で、大規模農家は、十分に利益が出るのに、小規模農家は、採算が取れずに離農するしかない、という現在の状況が自然に生まれ易くなります。生産者価格が上がっても下がっても、個々の農家により対応が変わってくるんです。
 今まで通り小規模農ばかりであれば、生産者価格を下げようという動きに対して、一致して反対しましたし、現在もする筈です。

 こうなると、単純に生産者価格が下がったね、と行政は傍観しているだけでは済まず、個々の農家の状況に応じて、補助金で補うなどの施策が必要になってきます。生活ができなくなる人が大量に出てきますからね。
 しかし、現実には、需給要因を理由にこうなりました、価格が下がったのは消費者の要望です、仕方がありませんね、と言うだけで、行政が事実上放置できる形になっています。

 これに対する農家の対応はまちまちです。中には、自分はもっと規模を大きくしたいので、周辺の小規模農家はさっさと離農して農地を空けてくれないかな、なんて言う農家もいます。だから、営農規模が混在するように仕向ける農政は、
官製地上げの一部分と言っても良いでしょう。

 下がり過ぎた生産者価格を是正するために、( 有機栽培導入などによる )生産者価格アップを政策的に促すということも、熱心にはしてきませんでした。
 有機 JAS 規格は国際規格でありながら、別稿の通り、唐突に
残留農薬 0 をことさらに言上げした茶番がおこなわれています。無農薬栽培の定義を極端に厳密にし、対象農家を制限する。現在、有機 JAS 認証農地が 0.2 %に留まるのは、行政にとって想定内のことである筈です。

 農薬メーカーに忖度して、無農薬栽培・減農薬栽培と言う表現を止めさせたかっただけのことでしょう。そして、有機栽培については表示規制だけを一生懸命おこなう一方、現在に至っても有機栽培普及策に熱心に取り組んでいるとは言いづらい状況です。
 価格を下げて小規模農家を早く追い出そうとしているのに、( 有機栽培などにより )価格を上げてゆこうなどと言うのは、とんでもないというところなのでしょう。恐らくその為の、
農薬安全プロパガンダです。

 そういう中で、農業政策として、国際競争力強化・生産コスト削減を促し続ければ、農家間の競争状況は当然のこととみなされ、たとえ低生産者価格ゆえに脱落する小規模農家が出ても、個人の経営能力の問題、自己責任と突き放されるのです。

 野菜も低価格競争で、数量をはかすことを重視していますね。米のみならず、野菜も指定野菜に集中した結果、日本国全体で余り気味になってきているのではないか、と感じます。米と同様の道を辿るものと思います。

 私は、
行政は、最終的に大企業による大規模営農中心にすることを最終目標と考えているものと思います( 農業から収入を得なくとも済む小規模兼業農は残るにせよ )。
 大農経営においては、コスト低減が優先され、消費者の意向が入りにくくなることを考えると、
食料供給において数社が大きなシェアを持つことは、食の安全と言う観点から、私は大変に憂慮しています。消費者は、生産者から提供されたサービスを選択するだけしかできない存在です。遺伝子組換えにしろ、3 D プリンターによる人工食品にせよ、それしかなければ、出されたものを食べるしかなくなります。

 また、行政は、食料( 全体の )自給率低下を心配しているようですが、食糧( 主食の穀物 )自給率低下を心配することはしないようで、我が国の農産物生産は、食糧自給率の低下が、食料自給率の足を引っ張る、誠に憂慮すべき事態になっています。

 先進工業国である我が国は、工業製品と言う売り物があるのだから、無理にすべての農産物を国内供給できる必要はない、と思います。そういう意味で、戦中・戦後の飢餓とは取り巻く状況が現在全く異なるのです。
 あえて、
食料安全保障のためと言うのならば、主食の穀物( 食糧 )だけ考えれば充分です。野菜・果物・畜産は、長期に不足しなければ、即餓死に結びつくことはありません。短期的に不足しただけで、餓死に結びつく穀物生産だけに焦点をあてるべきです。後進国の様に、餓死が死因の上位に来るという状況に、わが国はありません。長期に食料が不足して、栄養失調で餓死するということは、わが国ではほとんど見られません。

 これは、日本の歴史からも明らかで、小氷河期( 1300 年代 - 1800 年代半ば )で気温が低く、決して農業生産には好環境とは言えなかった江戸期( 1603 年 - 1868 年 )の 4 大飢餓は、寛永の大飢餓で西日本に大雨による害虫の被害( ウンカ )が併せて発生したケースを除き、主に東日本での冷害による大凶作です。戦争で周辺との交易がすべて断たれでもしない限り、飢餓が発生するのは、短期的に切れても餓死につながる主食、米次第であり、米が大凶作にでもならない限り、餓死が大量発生することはありませんでした。食料ではなく、食糧の問題なのです。

 そして、現代において貿易がすべて絶たれた場合は、農産物のほか、原油も切れますので、野菜が切れて
栄養失調死ガー、と言ったところで無意味です。すべての農業機械が動きません。

 だから、直ちに総花的な農業政策は改めるべきです。野菜にコスト低減のために規模拡大、などとちょっかいをかけるのは、言語道断です。
野菜や果物、いも類、畜産への農業政策は、食料自給率を理由にするのであれば、無意味だから、直ちにやめろ!

 
我が国では、重点的に、穀物だけは国が責任を持つ、それだけで良いのです。特に戦後、洋食化により主食とする穀物の種類が増え、米に小麦が加わっただけのことです。
 
国は、米と小麦だけを管理すべきです。いも類や野菜、果物や畜産物は、在庫が切れてもパニックになどなりません。短期的であっても、無くて困るのは、穀物です。そのほかは、長期的に、工業製品輸出力で食料輸入を確保したら良いだけの話です。

 
野菜などは、普段は自給率ではなく、食の安全とか品質の問題、あるいは、急激な需要変動に対する野菜農家の所得補償だけを考えるべきです。行政はそれだけで充分です。

 行政が余計な仕事を増やしても、税金が増えるばかりで、碌なことはありません。

米農政の展開

 野菜でも米でやった規模拡大政策が用いられていて、同じ手法が繰り返されているので、まず米を詳しく見てゆくことにします。

 米は、(1)食糧管理制度による米農家全体の保護、(2)食糧管理制度廃止・流通自由化、減反政策に伴う、小規模農の耕作放棄拡大、(3)法人による農地集約・大規模化と、三期に大別して考えられます。

 現在は、ちょうど(2)から(3)にかかる時期、です。稲作農家は、既に、規模においてかなりの幅が開いています。

(1)戦後、大量の小規模独立自営農民が誕生し、国民の飢餓を背景に、増産対策を実施 = 食糧管理制度による米農家全体の保護、生産者米価を高めに設定することで、農家の増産意欲を刺激;

(2)米から小麦への需要の移り変わりを背景とした、米の需給緩和を受けて、減反政策の実施。食管赤字拡大という世論誘導により生産者米価切り下げ、離農推進

(3)耕作放棄地の整理統合を進める一方で、法人参入促進;単位面積当たり増産技術への優遇( 化学農薬、大型農機、ゲノム技術など )

 (1)-(3)のステップ全体を流れる基調は、規模拡大競争促進による淘汰政策で、いわゆる
新自由主義政策( ネオリベ )です。この時期に、農業以外でも、日本全国の産業で、同じようにこの新自由主義政策が推進されましたから、政府を含む行政( 農水省 )だけが推進したわけでもなく、まして、民間企業が意思決定の中心であった筈もないでしょう。
 この期間、すべての中央官庁、政府機関が一斉にそういう方向へ動いたのですから、外国への忖度が働いていたとみるべきです。

 
過剰な規制緩和と厳しい自己責任を特徴とする、新自由主義の下、農地面積と農家数は文字通り半減します。おおむね(2)期は終了し、今後はいよいよ、法人参入による、大規模化が推進される時期と、現在を位置づけることができます。

 思えば、大店法( 1973 年。特に、1991 年改正 )、コンビニ系列による全国チェーン化により、小売店のあり様は随分と変わりました。徒歩で商圏を設定する商店街が廃れ、自動車を前提にする大店舗は、確かに商圏拡大による収益向上を期待できます。集客数の増加により、効率化もするし、人の賑わいによるエンタメ性もあるでしょう。
 一見華やかで、地方に活況を与えたショッピングセンターも、移動手段を徒歩から自動車に切り替えたことによる、商圏拡大が支えたものでしたから、高齢化により自動車の運転が厳しくなると、徒歩圏に商店が無いことが当然のこととして問題になります。

 たかだか
小売業の効率化なるもので、随分と街の形が変わったものです。当時は、単位面積当たりの売上高が良く指標として使われましたが、こんな数字は前提次第で、いくらでも変わってきます。事実として、小売店の巨大化、小規模零細商店の廃業が起こりました。そんなに、効率化って大切なものですか?
 小規模事業主の廃業に対して、周囲の人々が自己責任として冷酷だったのは、農業( 米作 )で起こったことと変わりません。
 人々は驚くほど冷淡で、シャッター商店街とも評されながら、市街地の商店街が寂れてゆく中、郊外のショッピングセンターに集うようになります。自給率の心配が常に指摘されながらも、より安い米が選ばれた米の状況に良く似ています。この様な冷酷な購買行動は、日本人の伝統的な所作とは全く異なるものでした。

 この様に、昭和の終わりから平成にかけての期間、ネオリベ的な諸政策が行政官庁を横断して、進められています。特に、平成の 30 年間は激しいですね。また、その間、多くの国民がもろ手を挙げて受け入れたことも重要です。
 つまり、覇権国でないわが国は、中央集権体制を取ることで、外国からの誘導を受け易く、また、江戸時代までの地方分権体制において領主への信頼が厚かったので、お上による世論誘導もし易い。
 しかし、
中央集権体制の下、中央が外国の意向を忖度し始めたら、どうにもならないんです。覇権国にでもならない限り、中央が外国の影響を受けないということは期待できず、中央による国民本位の政策が取られることは難しいことです。江戸時代までにおこなわれていた、中央に権力を集中し過ぎない、分権政治( 連邦制など )も今後の選択肢の一つでしょう。

 私は日本民族の記憶として、
昭和後期から平成を通しての行政の動きを記憶しておくべきものと考えています。こんなことを繰り返していると、いずれ日本民族が滅びます。


 最後に、種子法廃止を復旧するべく、新たな議員立法がされました( 2021 年 6 月 11 日 「 農業用植物の優良な品種を確保するための公的新品種育成の促進等及び在来品種の保全に関する法律案 」 )。
 法案の内容については精査していませんが、早速つまらない反論が自称ジャーナリスト( 羽織ゴロ )により、沸いていたので、一言;

・日本の公共機関による種子開発は、ダメ。交配育種はローテクだ。
・その証左として、中国では F 1 種を用いていて、日本の米より収穫が上回っている。
・民間種子が売れない理由は、公共機関が流通を独占しているからだ。
・中国企業と F 1 技術を提携した三井化学がいち早く F 1 新品種を出し、民間新規参入組では販売量が一番多い。

 
以上は、事実に反した酷いデマで、取るに足らない内容だけれども、デマが広がるといけない。

 種子法反対の理由は単純で、
今現在、米作は公共育種・研究開発でうまくいっているのに、なぜ民間に米種子市場を払い下げるのか?というものです。民間払い下げは、非常に不自然なことで、民間活力促進では説明できない。唯一説明できるとすれば、対米自動車輸出のバーターと言うことだろうが、では、対米自動車輸出の輸出超過は今後も続けられるのだろうか?
 少なくとも米国の政権次第であるし、米国前政権時の日本製自動車への 25 % 追加関税と言う話は、決して非現実的ではない。また、高関税により対米自動車輸出が急減しなくとも、今後の EV への移行の過程で、現在の競争力を維持し続けられる目算が、日本の自動車産業界にあるのだろうか?少なくとも、今までのガソリンエンジン製造技術に集中した、日本の強みを、維持することはできない。

 農業を差し出す方針の前提となる、輸出超過の継続について、この様に不安な要素が数あるのに、決め打ちで行くのもどうかと思う。継続できない場合も考えておくべきだが、ともかく、今回の種子法廃止まで譲歩してしまうと、日本農業の打撃が大きく、方針転換した場合の復旧が難しくなるから、早めに議員立法により対処してもらえるのはありがたい。

 この自称食料の専門家は、中国農業を礼賛しているが、1976 年に毛沢東死去で終焉した文化大革命を知らないのかな。1,000 - 5,000 万人が餓死したと言われている悲惨な大躍進運動といい、中国の農村は荒廃し尽くしてしまい、技術的な蓄積などまったく無かった。飢餓輸出がおこなわれたとさえ言われているのに、技術的・設備的な蓄積などできるわけがないよ。中共礼賛もほどほどにした方が良い。子供にでも分かるウソだ。
 世界最大の農薬&世界第 3 位の種子企業 シンジェンタ を中国化工集団( 国営企業 )が 2016 年に 5 兆円ほどで買収したことを評価しているのなら、これは企業買収の結果だからね。資本力の問題で、農業技術力云々の問題ではない。なぜかそれだけのお金が中国にはあり、日本ほかが出し抜かれただけだ。

 世界の農薬・種子業界がバイエル( モンサント買収 )とコルテバ( ダウ・デュポン連合 )、中国化工( シンジェンタ買収 )の 3 極に集約されたのは、大変に重い現実と思うが、中国農業という産業全体として評価すべきところは、2016 年前までの時点では安価な労働力以外に無いんじゃあないかな。
 いずれにせよ、1970 年代に猛烈な飢えに苦しむ中、手っ取り早い増産対策として、F 1 種技術を導入したということだ。必要に迫られただけで、F 1 種技術自体は野菜種子などでも実用化されているし、何もハイテクと礼賛するほど難しい技術ではないよ。ちなみに、中国の米はおいしくないと感じる日本人が多いと思う。中華料理は味付けが濃いし、ご飯をおかずと混ぜて食べる事が多いからね。料理的に、ご飯そのもののうま味を必要としていないのかもしれない。ご飯をおかずと分けて食べる、日本料理とは少し趣きが違う。
 収穫量の多寡だけで、これだけ事実と異なる批判をするのなら、この自称農業の専門家は飼料米を食べていれば済む話じゃあないか?飼料米は日本でも多収だし、家畜はおいしく食べているようだよ。こいつにはそれで充分。

 対して、日本は 1960 年代後半に需要を賄えるまでになったが、豊かになった食生活を背景に、パン食への移行が始まり、供給過多が恒常化した。
1970 年に減反が始まり、単位面積当たり増産策は必要なくなった。だから、農研機構の種子開発目標が、量から質( 味わい )へと移ったわけで、ローテクしかできないから収穫量の伸びが止まった、今も低いままだ、との批判は事実に基づいていない。
 減反しているのだから、農研機構は多収食用米の開発をしないよ。また、民間企業が F 1 種( 多収 )を出しても、農家が買うかな?皆で減反して減産しよう、と言っているときに、自分だけ抜け駆けするかな?総需要は漸減しているのだから、自分が沢山作れば、他の農家が減るんだよ。農家が多収種子を買うわけないし、民間多収種子が売れないのは民間企業に開発力が無いせいだよ。日本は既に、質の勝負に移っていた。民間企業は、コシヒカリと差別化できる、味わいの良いお米を開発できなかっただけだ。そして、今もできない。
 ちなみに、日本の米は日本人・日本食の味覚に合うが、外国人にはうす甘いと感じるようだ。だから、日本米は世界で競争できないと言いたいんじゃあないよ。そういう個別対応が、差別化の本質だから。小売価格だけが、競争基準ではないんだよ。低価格だけで勝負って、競争というものはそんなに単純なものではないよ。

 では、なぜ種子法廃止以降、三井化学や住友化学が F 1 種など多収種子で新規参入できているかと言えば、米種子ビジネス民間参入を法的に促進していることに加えて、
収穫したコメの買取りを販売促進策として用いていることが大きい
 三井化学は、その米を牛丼の吉野家などに、住友化学は、セブンイレブンのおにぎり用などに販売するのだけれども、米種子を渡して、使う農薬・肥料まで決めて、多収した米を買い取るわけで、
農家は栽培だけになる。これを昔は農奴と言ったのでは無かったか? 今後、コンビニ以上の残酷物語にならなければ良いのだが。
 外食チェーンやコンビニ、スーパーの大手企業寡占には、購買決定独占の問題があるんです。
 各社の米消費量は馬鹿にならない。けれども、例えば、吉野家とセブンイレブンが変更する、と言えば、彼らが加工している、外食・中食分は多収米に切り替わってしまう。現在の様に米需要が漸減している状況の下では、買取保証は、米農家にとって充分に魅力的だから、多収米で、他人の米を追い出して抜け駆けするのは嫌だけれども、お金は欲しいし、、、となるのでしょう。
 しかし、その先には、農家残酷物語がくるんでしょうね。原料と販売を抑えられて、その農家はどうするつもりなんだろう? 自分の将来に不安がないのだろうか?
選択の結果は自業自得と言えば、それまでだけれど。

 こういう
販売の仕組みで売られているのを見て、世界に通用する種子なのに売れないのはおかしい、、、には、お前アホですか? としか言いようがないが、自称農業の専門家以外の、多くの皆様は、「 需要が減っている中、普通の方法では多収米種子など売れるはずがないのに 」とお感じでしょうし、「 そうです、普通じゃないんです。米農家が米売れ行き不振で不安の中、その弱みに民間米種子メーカーが付け込んでいるんです 」とお答えしたい。
 
早期の保護立法を求めます。農家を追い込んで、小作農奴への道を開くことを許してはいけません。民間種子メーカーが、「 生産米買取り 」を販売条件に入れることを禁止するべきです。

日本再興戦略 2013 年 6 月 14 日閣議決定

 現在の農政諸施策は、生産者価格を需給を理由に下げてゆくことで小規模農を淘汰し、外資を含む、巨大な資金力がある大企業に集約すると言う大きな流れの過程と考えるのが最も合理的であるものと考えています。

 その過程で発生した、農地の空き( 離農 )は、虫食いで起こるので、必要に応じて区画整理をおこなう、これでは
事実上の官製地上げと変わりません。

 この政策は多々問題点があるのですが、一番の問題点は、需要が増えているうちは良いけれども、需給が均衡したら、
それ以降の戦略が無いことです。生産を増やす余地がなければ、どうにもならない。

 過去には、製造業でも設備拡大競争はおこなわれました。
 製造業の生産拡大ペースは速いので、瞬く間に国内需要を超過してしまい、需要低迷による売価ダウンの影響から業界ごと共倒れの危険が生じたことで、一部の産業は
特定産業構造改善臨時措置法( 産構法 1983 年 )の下で、共同販売会社を設立し、また、補助金給付を受けつつ設備の休止・廃棄をおこないました。
( 後者の超過設備処理施策は、減反政策に似ています。結局作り過ぎたら、潰すしかないんですよ。本来、企業淘汰があるべきでしたが、補助金でお目こぼしを受けたことになります。
 税金( 補助金 )の投入をするのなら、作り過ぎた経営陣の総辞職を求めるなど、何らかのペナルティーがあるべきなのに、何も無かったのは、再発防止と言う観点から見て、大変に甘過ぎたと思います。)
 産構法以降は、自動車産業などが米国へ大量輸出したことにより、国内素材需要が急拡大し、収益ダウンの先送りをしています。
 もちろん輸出超過による利益創出などと言ううまい話が永遠に続くわけもないと考えられ、米国も、そして他の国々も大幅な輸入超過を受け入れる余地がなくなってきている への対応を見ても明らかです。

 余談ですが、恐らく今後は輸出超過の本格的な揺り戻しが来ると考えられ、徐々に縮小する輸出の中で、どの様に収益を確保できるのか?模索が続くと思います。( 再び、設備廃棄に対して税金の投入をするのなら、経営陣総入れ替えなどのペナルティーが必要でしょう。)
 また、良く知られている話ですが、
米国は小麦に輸出補助金による輸出支援をしています。( 日本が消費税還付をおこない、輸出企業に補助を与えているのに似ています。)これは、自由貿易と言う建前、つまり、安くて国際競争力があるから売れる、という建前を守るための欺瞞です。多国間自由貿易主義から、二国間貿易不均衡是正主義に、貿易政策が変われば、当然の事ながら話は違ってきます。米国は、補助金をつけない高価な小麦を、貿易不均衡是正のために買え!と言ってくるでしょう。不均衡是正であれば、価格の高い安いは無関係ですからね。


 現時点における農政の方針は、2013 年に閣議決定された、日本再興戦略に、良く表れているものと思います。その後、「 未来投資戦略 2017 -Society 5.0 の実現に向けた改革- 」に引き継がれますが、内容的には、この延長です。

 日本再興戦略は、第二次安倍内閣の景気刺激策アベノミクスのうち、第三の矢( 岩盤規制改革 )を成すものとして、日本経済再生本部( 本部長 安倍晋三 内閣総理大臣 副本部長 甘利明 経済再生担当大臣 )が、経済財政諮問会議と連携のもと、企画案を作成しています。農林水産業部分は、農水省( 皆川芳嗣 農水事務次官 )の作文でしょう。

( 引用:内閣府 「 日本再興戦略について 」 2013 年 6 月 14 日 )

 以降は、この閣議決定を錦の御旗に、法律改正等がおこなわれます。

( 引用:農地中間管理機構関連 2 法-農地中間管理事業の推進に関する法律・農業の構造改革を推進するための農業経営基盤強化促進法等の一部を改正する等の法律-の概要 2013 年 農水省経営局農地政策課 )

 
自給的農家・小規模農と言う呼び方がありますが、彼らは以前より小規模で営農していました。農地改革により、所有形態は貸借から所有に変わりましたが、営農規模を細分化したわけではないです。その時までは、この規模で生活できていたんです。問題は、営農規模ではなく、小売価格下落なんです。

( 引用:「 担い手への農地の利用集積の現状と課題 」 2007 年 2 月 農水省 )


 
農水省的には、今までに離農が多発した、という状況自体には問題を感じないんですね。
 
農地面積は、半分になっているのですけれど、元に戻そうとは考えていない。しかし、離農後の虫食いは整理したい。区画整理?、まあ、地上げの後で良く見る光景ですね。

 嫌らしい言葉ですが、ここで、行政の言う「 担い手 」とは、認定農業者( 10 ha 前後以上の中大規模家族農家と農業法人、集落営農、企業で、国・都道府県・市町村より認定された者 )のことです。

 
小規模・零細農家は、「 担い手 」ではない、と行政は言いたいのでしょうね。わざわざ農家を 2 分して、一方を農業の担い手と呼ぶのですから。普通にその意図を理解すればそうなります。

( 引用:2019 年 食料・農業・農村白書 農水省 2020 年 6 月 16 日 )

 しかし、見方を変えれば、
「 担い手 」は、慣行農法( 農薬農法 )の担い手と読むこともできます。慣行農法は、その地域で多くの農家によりおこなわれている農法のことですから、営農規模を推進する農政に従う場合、自然にそうなります。多収品種を開発し、化学肥料と化学農薬、水を大量投入し、単位面積当たりの収穫量増を求める、緑の革命以来の農法です。

 慣行農法( 農薬農法 )のフィールドは、営農規模が KFS で、結局は資金力が決め手になるのは、前述の通りです。

 農政は小規模農の淘汰が進み、営農規模の集約、さらには、区画整理に注力するという、ある意味理想的な展開の中、大企業の新規参入が促進されています。

 ここで、さらに、米の生産コストを、10 年で 4 割減と言うのですから、
日本再興と言うよりも、日本絶望しかないな、と感じます。米の専業農家に成るには、30 反必要と言われているのも今は昔の話で、直ぐに 100 反( 10 ha )になることでしょう。そして、ここまで大きな営農規模になると、慣行農法( 農薬農法 )じゃないと維持できないんですよ。

 私は、国際貿易、特に対米貿易において、大幅な輸出超過が許容されることは、今後において、期待できないと考えています。なので、大企業が国内農産物マーケットに新規参入する機会を伺うのは当然のことと考えています。農産物マーケットはそこそこ大きいし、慣行農法( 農薬農法 )路線なら資本力を活かせます。その際に、「 大企業ゆえに農産物生産コストが下がって安い 」と言うキャッチフレーズは消費者に強く訴えかけるセールストークですね。

 それに、法人には外資もありますが、
農地貸借( リース )は外資規制が無いでしょ。( 農地所有権移転には、厳しい制限がある )( 農地法 2009 年改正 井出道雄 農水事務次官 )

 「 50 年以下の有期貸借 」は、結構長いと思うけれど。
まさか、外資系企業の新規参入も、行政の想定内?ではないよね。そこまで行くと、売国だ。


( 以上 2 点引用:「 一般企業の農業への参入状況 」 農水省 2018 年 12 月末 )

 JA にしても、、、大企業は、販売ルートは自前で持っているし、農業資材調達も自前で問題ないわけで、JA は行政の拡大路線に服従しているようだけれど、販売代行と資材調達代行の収益が先細ってゆくことを充分に想定できる、、、肉屋に媚びる豚なんだけれどね。

 6 次産業化は、食品業界にとっては都合が良い。黙っていても、川上である原料生産( 農産物生産 )に食品業界から続々新規参入している。農地の区画整理が済めば、世論形成次第だが、需給により農産物価格が下落した際に、経営不調の中大規模農家が出てくるだろうから、新規参入企業にとって、営農規模倍増の機会があるだろう。
綺麗に整地された中小規模農家を破綻から救うと言う形で吸収してゆけば良い。

 だいたい、
大企業が新規参入してきて、10 ha はもちろんのこと、100 ha やそこらで仲良く競争してくれるのだろうか?大企業が参入したなら、本気で既存の経営体より拡大して勝ちにくるでしょうね。違いますか?
 日本の耕地面積は、450 万ha。1 社 10,000 ha として、450 社。拡大するのに必要なのは、最後は資本力なんだってば。そういう路線は、本当に個人にとって厳しいよ。最後まで、付き合えますか?無理でしょ。
 100 ha 程度で息まいている農家は、肉屋の豚なんだけれどね。頭が残念としか言いようがない。

 輸出拡大は、内容を見たら、残念な部分が多い。後述します。

 今後、全農家において、10 ha 程度の営農規模が無ければ採算が取れなくなることは、米農家の動向を見ていれば、容易に想像がつく。
 となると、これだけの農地を確保してから新規参入するのは個々人には難しいから、40 万人の新規就農は、新規参入者( 独立自営農 )ではなく、新規雇用就農者( 農業企業就職者 )が中心になるだろう。ここに、
低賃金外国人労働者を充当しようと考えているのであれば、犯罪の発生増加を含め地域社会の安全崩壊を招くおそれが強い。

 外資系農業企業に雇ってもらって、低賃金外国人労働者と一緒に日本人が働くのが、国際化で、日本再興であるってことかしら?
 そして、この路線の先に、種子法廃止、遺伝子組換え技術混ぜて応援があります。すべてが一つの方向に収れんすべく、着々と進んでいるね。


 正直、
ここまで農村破壊が露骨だと、行政も歴史的評価に耐えられないのではないか?、と思う。私の杞憂なら良いのだけれど。

 以上の状況と比較すると、有機栽培( 無農薬栽培 )の特徴が明らかになってきます。
除草剤を使用しないので、営農規模を無制限には増やせず( 家族営農なら 1.5 ha くらいまでかな )、
殺虫剤や殺菌剤を使用しないので、肥料投入量に限界があり、単位面積当たりの収穫に多くは望めず、
農産物の安全・品質を上げる、というところに栽培技術の努力が収れんする、職人にも似た、
点は、規模拡大により大量生産を追う慣行栽培( 農薬栽培 )と大きく異なると思います。


 ともすれば、零細・小規模農保護を訴えると、共産主義的・社会主義的と、イデオロギチックな批判が過去には良く出ていました。
 しかし、多くの場合、事実を見て客観的に比較しているだけで、イデオロギーとは関係ないでしょう。小学校を出ているだろうに、愚にもつかない戯言を言うものです。

 この様な情緒的かつ非論理的なレッテル張りで、有機栽培( 無農薬栽培 )の潜在的担い手である零細・小規模農家を攻撃するのは、消費者にとって選択肢がなくなるという意味で迷惑なことです。


 有機農家の経営において、大きな難点があるのは、有機農産物の価格です。
 家族営農の場合、支えてもらうのに必要な消費者の数はさほど大きくはありませんが、売価水準が生産コスト高を反映して高価になるので、安定して購入を継続してもらうのには苦労があると思います。

 それにしても、私は、有機栽培( 無農薬栽培 )の受容が我が国で 0.5 %ということが、信じられないのです。
 せめて、ヨーロッパ並みに、10 %程度、むしろ、日本の農薬使用量は世界的にみても多い方なので、それを嫌気して 20 %ほどあっても不思議は無いと思います。

 日本人が、ヨーロッパ人よりも食の安全に対してなおざりである、とは思いません。むしろ、色合いを含めて、器に綺麗にまとめて、食事をする習慣から見ても、安全への配慮にしても高いものがあるでしょう。

 私は、農薬安全プロパガンダのせいだと考えています。プロパガンダは、国が設定した科学的安全性評価基準をパスしていることで補強されています。国は間違ったことをしない、という補強です。

 科学的安全性評価基準は、わが国だけでなく、世界的に使用されている基準に基づくもので、わが国だけでなくヨーロッパでも同様の基準が用いられています。従って、それぞれの国民は、科学的安全性評価なるものに対して同じ印象を持っていい筈です。

 「 科学的安全性評価基準は、現時点での成果を集めたものではあるが、所詮、動物実験なので、人間への健康被害を 100 %予想することはできない。」
 特に、高次機能を持つ脳、とか、複雑すぎて未だに全容を解明できていない免疫システム、個人差がある腸内細菌叢の健康・精神への影響、などの健康影響は、動物に同じ器官が無いために、試験できていません。この部分については、過去から今に至るまで、安全性評価自体をやっていないし、評価どころか何もわかっていないんです。

 この事実は、まともな専門家なら、世界共通の認識ですし、各国の国民は、国の安全性評価はそのレベルのものだと、正しく認識しています。動物実験で人間の健康被害を 100 %予想することは、現在の人間の能力ではできません。日本政府でもできないし、世界でもできません。
 もしも、できるという学者が日本のどこかに居るのであれば、つまらないエッセイや PA( 社会的合意形成・世論誘導 )の類いで小銭を稼ぐのではなく、ぜひともノーベル賞を申請するべきです。

 農薬の安全性評価試験は、冷静に考えれば、その程度のものでありながら、「 絶対安全 」、「 国が言うから安全 」という安全プロパガンダを独り歩きさせているモノがいます。農薬メーカーであり、業者団体である農薬工業会です。

 世界中で地球は丸いと言っているのに、日本だけで地球は平らだと言っているようなもので、この日本語言語空間の異常さには、御用学者の皆さんを含めて、大したものだと思いますが、まあ、動物実験だけで人間に対しても絶対安全は無いよ。ありえない。何が起こっても、健康被害を一切認めない、というのなら別だけれどもね。科学的安全性評価技術が充分なところまで進んでいない、と言うだけのことです。あえて言えば、見切り発車に近い。

 難病だから疾病理由は分からない、だから、農薬が原因ではない、と言う物言いは詭弁であって、理屈が通っていないことがわからないのかな?農薬が原因の健康被害は既に出ているのだけれども、従来の因果関係評価では因果関係を認められないということになっているだけかもしれないではないか。動物実験だけで無関係と断定するのは、充分に評価したと言えるのか疑問だ。
 つまり、in-vitro( 生体外試験・試験管内など )では人間の細胞に影響が出るのは既に確認されてきたから、健康被害のおそれを感じているわけです。
 それへの反論として、動物の体内動態を織り込んだ in-vivo( 生体内試験・動物実験 )で安全性評価試験にパスしています、と言ったところで、所詮は動物の体内動態であり、人間の体内動態と同じではないでしょ。そんなに自信もって安全を主張できない筈です。
 都合が悪い時は黙秘して言質を与えない、という左翼論法ですね。人間と動物とで体内動態に相違があることを知っているくせに、in-vitro 試験( 実験室実験 )は人間への作用がわからないと否定して、in-vivo 試験( 動物実験 )で安全性を確認しています、と言上げするのは、詐欺師の手口でしょ。

 緑の革命の初期の頃、人口が急増するアジア・アフリカで心配されたのと同様に、戦後、日本でも食糧を増産しないと餓死することが心配されたが、今はそういう状況では無い。
 戦後しばらくたつと日本は米が余り気味になった。世界人口の膨張は、本来的に各国行政が対処すべき問題。だから、余っている日本としては、単位面積当たりの生産性向上策を継続する必要などなかった。少なくとも農地を半減させてまで、農薬を使って増産し続ける必要はなかった。
 つまり、農産物、特に米が余り気味で推移し、増産の必要性が無くなっている現在、生産性向上策としての、農薬の必要性は減っているんです。農薬が食料自給率に貢献したという事実はどこにもありません。むしろ、不必要な単位面積当たりの増産政策継続により、離農を促す結果になったとは言えるでしょう。


 農薬工業会が、安全であるか?という素朴な疑問に、国の安全性評価試験をパスしているので、安全である、と返すのは、「 安全 」と言う言葉の定義が異なる、スリカエ論法です。一般的には、こういうやり取りをすると、詐欺的商法、とか、ウソとか言うんだけれどね。

 私は、米供給減の方策として減反政策を採用した時に、有機栽培( 無農薬栽培 )も採用してもらっていたら、、、と残念に思います。

 減反政策も有機栽培( 無農薬栽培 )推進策も、どちらも単位面積当たりの減産につながるのは同じです。
 農薬・肥料・水の大量投入路線で米を沢山作れたけれど、小麦食への需要転出もあり、米が余ったので減反します、米の農地面積減らします、という政策しか取りませんでしたね。

 確かに、当時は、まだ有機栽培( 無農薬栽培 )に脚光が当たっていなかったし、今までの慣行農法( 農薬農法 )単位面積当たり増産路線を改めるわけにもゆかなかったのは理解できないこともない。
  でも、いつまでやるの?農地が半減しているのに。

 食糧管理制度の下で、生産者価格を下げ、減反政策に決め打ちして、ずっと続けたのがいけなかった。
 生産コストが下がり、楽になるのを信じて規模拡大した者もいるし、事情があり規模拡大できずに、生産者価格下落の影響が直撃して離農した者もいる。
 営農規模を拡大してきた者は、法人の新規参入を見て、今何を感じているのだろうか?信じていた未来がその先に見えているということならば良いのだが。

 この様な文脈から、有機栽培( 無農薬栽培 )を計画して新規就農された皆様には、規模拡大の機会があっても、家族営農ならせいぜい 1.5 ha( 15 反 )に留め、徒に拡大しないことをお勧めしています。
 いずれ、除草で面積が制約されますので、家族営農でこれ以上は難しいと思います。

 除草剤が使えなければ、近代的営農ができない、前近代だ、新しい除草技術を奪うのか、などと言う情緒的な暴論もありますが、除草剤使用の結果として得られる、営農規模拡大は、近代化とは関係ありません。単に、面積的にレバレッジを効かせて、利益を拡大しているだけで、その内実は薄利多売です。

 その先には、米国の小麦などの企業営農があります。水平線まで見渡す限りの農地に、セスナで直播し、農薬散布、大型トラクターで収穫し、サイロで保管する;表面的な観察により、夢を感じる向きもあるようですが、薄利多売の厳しさゆえに、少しの稼働率低下で破産に追い込まれたりします。レバレッジって、そういうものです。儲かるときには大きいけれども、逆に、損が出るときには損が大きい。良く言えば、経営手法の選択、悪く言えば、バクチそのものです。いわゆる近代化( 効率主義 )とは異なり、非連続な手法です。

 否、そんなことはない、日本では米作大規模農は利益率が高く儲かっているよ!という反論もあるでしょう。
 しかし、それは、現在の日本において米作営農規模における混在があるからです。小規模零細農が生活できず、かつ、大規模農が高収益を上げられるレベルに、生産者価格が現時点では設定されているからです。これが、米国の穀物企業営農の様に、規模において収れんしてしまえば、生産者価格は下がり、大規模農であっても薄利多売になります。競争者がお互いに操業度を維持しようとしますからね。






 長くなりました。以下は稿を改めます

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